夢を諦めない生き方の教え
2026年7月23日、大阪経済大学では元アーティスティックスイミングの日本代表選手であり、現在は客員教授の石黒由美子氏による特別講演が行われました。その名も「夢を諦めない」。
夢のはじまり
石黒氏は小学生の頃からの夢、「オリンピックに出る」という目標を持っていたものの、運命は彼女に試練を与えます。小学2年生で交通事故に遭い、大怪我を負った彼女は、入院中のテレビで見たアーティスティックスイミングの美しい選手たちに魅了され、夢ノートにその目標を書き込みました。この夢が彼女の人生の原点となったのです。
苦難の連続
退院後、視力や記憶力の障害に苦しむ石黒氏は、厳しい現実に直面しました。同級生とは異なる日常、友人もいなければ、学業でもつまずく日々。しかし、彼女の唯一の支えは、母親の温かい励ましでした。「あなたの人生は絶対に楽しいことがある」と語りかけ、希望を持たせ続けた母の言葉が、彼女の心の支えとなったのです。
夢の追求と挫折
中学に進学した石黒氏は、目標に向かって猛練習をスタートします。毎朝4時55分に起床し、夢ノートにやるべきことを書く日々。中学3年生で初全国大会に出場するも、高校3年生では狙っていたオリンピックへの道が閉ざされ、試練が続きます。それでも彼女は練習を続け、全国大会での活躍に結びつけます。
しかし、さらなる挫折が待っていました。大学2年生の時、体重管理の失敗から、日本代表チームをクビにされてしまいます。「教育大学に進学していたのが、さらに苦い結果に繋がりました」と彼女は当時の苦悩を語ります。それから約1年間、競技から遠ざかり、心の底からの挫折感に襲われます。
新たなスタート
その後輩の存在が、彼女を再びアーティスティックスイミングに戻すきっかけとなりました。後輩の競技を応援し、自らもその舞台に立ちたいという気持ちが芽生えます。母の言葉が彼女に再び勇気を与え、運を天に任せる「運天作戦」を開始。努力が実り、選考会で新たなチャンスが訪れました。
「オリンピックには魔物が潜んでいる」という言葉通り、他の選手のプレッシャーをよそに、自由に演技をすることで、石黒氏は21世紀のオリンピック出場を果たします。
夢の舞台への立脚
2008年8月22日、彼女はついにオリンピックの舞台に立ちます。メダルは逃しましたが、全国メディアが彼女の夢と母の支えを取り上げました。「夢ノートに書いたことがその通りになって、今につながっています」と語る石黒氏。その背景には「チーム石黒」として、家族皆の支えがあったことを語ります。
未来への希望
「希望の光は、誰かが信じ抜いてくれた時に灯ります」と語る石黒氏。自信を失いそうな時、誰かの存在が勇気を与えることを経験から知っているため、その重要性を強調します。「皆さんも、自分の本当の味方になってくれる人を見つけ、自分自身も誰かの味方になってください」。
石黒氏の言葉が、学生たちの心に響く瞬間でした。夢を追いかける力とは、困難を越え、誰かが信じているからこそ生まれるもの。彼女の講演は、新たな未来への希望を感じさせてくれるものでした。