大阪松竹座の未来
2026-07-02 12:12:10

片岡愛之助が語る大阪松竹座その後と未来への想い

大阪松竹座、永遠の灯を消さないために



2026年7月2日深夜1時から、テレビ大阪で放送される「ドキュメンタリー7 さよなら大阪松竹座〜別れと覚悟の舞台裏〜」は、大阪松竹座の最後の日々と、そこで織りなされた人々の想いを追ったドキュメンタリーです。103年の歴史を持つこの劇場は、道頓堀の一角に根付いた文化の象徴とも言える存在でした。たくさんの人に愛された舞台がついにその幕を下ろすことになると聞き、ファンや役者たちはショックを隠せませんでした。

道頓堀の歴史と共に歩んだ大阪松竹座



大阪は、かつて「大」大阪と呼ばれ、江戸時代から続く多くの芝居小屋が立ち並ぶ場所として知られていました。道頓堀には、繁華な劇場があり、人々がその舞台を求めて訪れたものです。弁天座、朝日座、浪花座、角座、中座の五座が栄耀を誇っていましたが、時と共にその姿は消えていきました。しかし、その中で令和まで存在し続けたのが『大阪松竹座』です。この場所は、大正時代に誕生し、上方文化を支える重要な役割を果たしてきました。

残念ながら、2026年5月の「さよなら公演」をもって閉館することが発表され、そのニュースは広まり、多くのファンや役者たちに驚きと悲しみをもたらしました。片岡千壽さんは、彼にとっての宝物のようなこの場所がなくなることに、「本当に寂しい」と思いを吐露します。彼自身もこの場所で育った役者の一人として、思い出に浸ります。

最後の公演と役者たちの思い



5月には、約2ヶ月間にわたる「さよなら公演」が行われ、片岡仁左衛門さんや中村鴈治郎さん、松本幸四郎さん、中村獅童さんといった名立たる役者たちが出演しました。中座で初舞台を踏んだ仁左衛門さんは、「昔は道頓堀に劇場がたくさんあった。時代の流れは避けられないが、せめてその一部を残したい」と熱い思いを語ります。また、松竹座近くのバーの店主も「こんな日が来るとは思わなかった」と、日常の風景が変わることを惜しんでいました。

さらに、創業80年のうどん屋「今井」の店主は、道頓堀が劇場に賑わっていた頃の写真を振り返りながら、人々の思い出を語ります。「芝居町の道頓堀を想う人がいる限り、戻ってくるべきだ」と訴えかけます。

愛之助さんの特別な思い



大阪松竹座の最終公演で主役を務めたのは、人気役者の片岡愛之助さんです。彼にとってこの役には特別な意味がありました。仁王立ちの演出で最大の見せ場となる「仏倒れ」と呼ばれる場面では、2年前の稽古中に大けがをしたことで悩んでいたと言います。しかし、だからこそこの公演でこの役を演じることができることは、特別な感慨を伴っていました。彼自身、大阪松竹座でこの役に込めた思いを訴えます。

5月26日に行われた千穐楽では、開場時間前から多くの観客がその瞬間を待ち望みました。役者たちが演じる迫真の舞台は、役者の個々の想いを色濃く反映した感動的なシーンとなりました。舞台の最後に仁左衛門さんは、確信を持って「必ずもう一度、この道頓堀に松竹座のやぐらが上がる」と語り、その思いは多くの人の胸に響きました。

終わりに、未来への展望



愛之助さんが手にしていたポスターには「芝居町の灯は、消しまへん。」と書かれています。この思いは、多くの役者たちや町の人々によって共有されています。大阪松竹座が閉館した後も、その精神は受け継がれていくことでしょう。

閉館後間もない日に、大阪松竹座の稽古場には千壽さんの姿が見えました。仁左衛門さんが監修する新作歌舞伎の稽古を共に行う仲間たちとともに、上方歌舞伎の火を絶やすまいとする新たな取り組みが始まっています。

100年以上の歴史を持つ大阪松竹座。これからもその思いを受け継ぐ役者たちが、新たな時代を形成していくことでしょう。


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