田倉繃帯の新工場
2026-06-12 13:45:29

震災を乗り越えた田倉繃帯工業が新工場完成記念式典開催

震災を乗り越えた田倉繃帯工業が新工場完成記念式典開催



2026年3月25日、田倉繃帯工業株式会社は新たに建設された「北陸第3工場」の見学ツアーを開催しました。このツアーには約40名の関係者が参加し、能登半島地震の影響を受けた既存の「北陸工場」と新工場を巡ります。

工場見学ツアーの実施


参加者は金沢からバスで約40分の距離にある内灘町宮坂の「北陸工場」を訪れました。ツアー中は、当時の代表取締役社長である田倉勉氏が、自社の歴史や震災の当時の様子を説明しました。震災では、工場内が大きな被害を受け、泥が溢れるなどの苦境に直面しましたが、社員や取引先の支援を受けて約1ヶ月で生産を再開することができました。

しかし、ツアー日には、まだ震災の爪痕が残る箇所も見受けられ、生徒たちは工場見学を通じていかに早い復旧が実現されたのかを体感しました。

新しい希望「北陸第3工場」


ツアーの後半では、河北郡津幡町に設立された「北陸第3工場」を訪問しました。こちらは二階建てで、延べ床面積約2,000㎡を誇る広々とした工場です。主力商品である弾力繃帯の生産が行われており、将来的には製造工程を一括して行える設備が整えられる予定です。この新工場の設立により、地域に新たな雇用が生まれ、約20名程度の就労機会が期待されています。

記念式典の開催


見学ツアーの後には、金沢のANAクラウンプラザホテルにて「創業100周年」および「北陸第3工場」の竣工を祝う記念式典が開催されました。式典では、田倉勉氏が震災を乗り越えて新工場が完成したことへの感謝の意を表しました。また、田村駒株式会社の堀清人代表も、さらなる成長に向けた意欲を示しました。

記念式典では、これまでの100年の歴史を振り返る映像も上映され、参加者は次の100年に向けた決意を新たにしました。

今後の展望


田倉繃帯工業は創業以来、医療材料の生産に特化してきましたが、今後は医療用具以外の分野への展開も視野に入れ、技術のさらなる向上を目指します。震災の影響を乗り越えることができた田倉繃帯工業は、地域企業としての責任を胸に、更なる成長を遂げていくでしょう。

田倉繃帯工業とは


田倉繃帯工業株式会社は、1926年に設立し、日本で初めて弾力包帯の開発・製造を行った企業であり、現在も医療材料の製造を専門としています。弾力包帯をはじめ、医療用の各種製品を取り扱い、人々の健康を支える重要な役割を担っています。

このように、田倉繃帯工業は震災から立ち直り、新たなスタートを切る中で、今後の成長への道を着実に歩んでいくことでしょう。


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